文を書くということ

喜び
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高校生の時、記憶が曖昧ですが小論文という授業があったことを覚えています。

この授業は一時間の間に一つ与えられた課題について小論文を書くという授業でした。

どんな課題であったかなど全く覚えていませんが、毎回白紙だったことを覚えています。

ひとつも書けなかったのです。

今考えるとなぜ書けなかったのか?という思いを巡らすことになります。

一言で言うならば、文を書くことに意味を感じなかったからでしょう。

今だったら、なぜ文を書くのか?という問いに

文を用いて相手に自分自身の考えや思いを他者に伝えるためであり、また自らの問いに自ら答えるために書くと答えます。

今こうして授業でもなく、誰かに頼まれているのでもなく文を書いています。

書いていると自分自身の思考や感情を整理できます。

自分が授業をするんだったら、「最近の恥ずかしかったこと」を隣の人と喋ってくださいと言い、

笑い終えたあとに文を書かせるのにな~と考えます。

序は、最近私は○○のような恥ずかしい思いをした。

本論は、序のできごとを周りに対する自分の感情とともに書く。

文章の結びとして、恥は笑いとなり人間同士の心の垣根を超える道具にも成り得るのでは―

なんてとも書いてもらいます。

自分だったら最初の授業は文を書く楽しさにしようと思います。